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EXIT DESIGN (for a blog)::『ミシュレティア』 1-1 出鱈目の王国と隣の少女(3)

『ミシュレティア』 1-1 出鱈目の王国と隣の少女(3)

(承前)

 階段を上り、僕が通されたのは少女の部屋だった。それは僕にとって未知の領域のさらに奥深い場所だ。でもそこへ通される過程において不安を感じることは一切なかった。この家に来た時と同じく、少女の指示に従ってついて行くことがさも当然のように感じられた。
 彼女の部屋は女の子らしく(といっても少女趣味的なわけでもなく、また僕はそれほど多くの女の子の部屋を知っているわけではないのであくまでも僕個人の見解としてではあるが)、大小様々な小物で飾られたさっぱりした部屋だった。それは非常にバランスの取れた部屋だった。そこに存在する装飾品の数は決して多すぎず、少なすぎず、絶妙のバランスで配置されていた。それは今まで僕が見てきた中でもっともバランスの取れた部屋であるように感じられた。
実際、悪くない部屋というものは数多く存在する。自分で言うのもなんだけれど、混沌に身を委ねた時以外の僕の部屋もどちらかといえば悪くない方に分類されると思う。僕なりのこだわりを持って手を入れた部屋なのだ。しかしながらそれは今僕が目の前にした部屋の足元にも及ばないものだった。とにかく、バランスが良いのだ。
「いい部屋だ」
僕が独り言のようにそう言うと彼女は満足そうな笑みを浮かべてベッドの上に座し、僕は何か探し物でもするように部屋の中を見回した。五畳半の部屋だ。実際にはそれほど見てまわるほどのものがあるわけでもない。それでも僕は時間をかけてゆっくりと眺めた。特に何を見るわけでもなかったけれど、そうせざるを得なかった。きっとどこかにバランスを保つ元があるのだと思ったのだ。それは単純に感覚的なものではなく、形而上的な存在として確かに存在した。
 そんな僕を少女は無言で見つめた。或いは僕のことなど全く見ていなかったのかもしれない。僕は彼女の視線を全くといっていいほど感じなかった。それでも彼女の眼は確かに僕を追っていた。
 少女の部屋にはひとつの本棚があった。そこではびっしりと詰まった文庫本の背表紙が部屋の壁紙となって存在していた。割りに大きい本棚なのに無駄に存在を主張しない、自然と部屋に溶け込んだ本棚だ。一般的な高校生の読書量というものがどれだけのものかは知らないけれど、結構な分量だった。そこには恋愛小説から純文学、ノワール文学、歴史小説、ジュブナイル小説、それに古典文学と、あらゆる種類の本が分け隔てなく並べられていた。
「これ、全部読んだの?」
 少女は無言で頷く。
「読書家なんだね」
「たいしたことないわ」
 たいしたことない。或いはそうなのかもしれない。活字離れが進んでいるといわれる現代だからこそ彼女の読書量は多く感じられるものの、読書好きな人においては普通のことなのかもしれない。でもそのセレクションの広さはどうだろうか?そこにはいかなる種類の傾向も見られなかった。そこには何の表情も見て取ることができなかった。
「特に好きな作品とかある?」
「別に。どれもつまらないわ」
「つまらないのに読むの?」
「だってそれは読むために存在するものでしょ?」
 確かにその言葉自体に誤りはない。本は読むために存在する。読まれるために書かれる。でもそれだけの存在だっただろうか?僕はいくつかの本に手を掛け、軽く眼を通した。読んだことのある本もあれば初見の本もあった。僕の好きな本もあれば嫌いな本もあった。しかしながら少女にとってはどれもつまらない本だということになる。
「どれも大して変わらないのよ」と少女は言った。「もちろん全部ってわけじゃないわ。でもね、大抵のものは同じなの。男の人と女の人が出てきて寝るのよ。それだけよ」
 それだけ?
「もし私たちも物語の登場人物だったら私たちも寝るのかな?」
 僕には何が何だかわからなくなった。少女の思考に非常に混乱させられていた。僕の持っていた価値観の全てが誤ったものであったかのような気さえしてきた。僕には少女の言葉を理解できなかったけれど、なぜかそれを疑うという気持ちに一切なれなかった。それはある種の正しさを持った言葉だけが持つ真っ直ぐな響きを持っていたのだ。
「ねえ」と少女は言った。
相変わらず少女の視線は僕に向けられながらも、まるで僕を見ていないように思えた。
「煙草、吸いたいのなら構わないわよ。机の上の線香の受け皿を灰皿代わりに使うといいわ。でもその代わり煙は全部窓の外に吐いてね」
 僕には本当のところ煙草を吸いたいのかどうかよくわからなかったけれど、きっと吸いたかったのだろうと思い、促されるままに煙草を手に取った。そしていつもの儀式に取り掛かる。ライターの火は緩やかに煙草の先を熱し、焦がしていった。僕はその炎を見つめながらゆっくりと息を吸った。息を吐くと同時に火を消した。
 咥えた煙草からニコチンが吸収され、脳を満たしていく。別にニコチン中毒というほどのスモーカーでもなかったけれど、それが脳を活性化させることに違いはない。
「それ、美味しいの?」と少女は言った。
「さっきも訊いたよね」と僕は言った。
「うん」
「じゃあもう一度答える。別に美味しいというほどのものじゃないよ」
「うん」
 僕は煙草を一口、二口と吸いながら混乱した脳を解きほぐそうとした。でも考えるよりも先に言葉の方が出てきた。
「物語ってさ、書いた人の意図なんてホントの所は関係ないんだよね。もちろん書かれてる時点では大事なことなんだろうし、文学研究者にとってはそれこそが至高の価値を占めるものなんだろうけど。でもね、結局のところはそれは書かれた時点で著者の元を離れちゃうんだ。そうして読む側にまで届くんだよ」
「そうね」
「でね、君に届いたそれはただ一組の男と女が出てきて寝る、それだけの物語になっていた、そういうことなんだよね」
「一組とは限らないわ」
「そうだね。でも基本的には寝るだけ、それだけの物語として届いた」と僕は言い、また一口煙草を吸った。「もちろんそういう風に捉えられた物語にだって問題はあるんだけど、そう捉えざるを得なかったのはきっと君のほうに原因があるんじゃないかなって思うんだ。きっと君がそういう部分にばかり眼を向けてしまう何かがね。一種の偏見と取ってもいい。君が寝るっていうことにどんな考えを持とうがそれは君の自由だし、僕がとやかく言うことじゃない。でもきっと君はそれをあまりいいことだとは思ってないんだろうね。寧ろ嫌悪してる、違うかな?」
「そう、かもね」
 そう答える少女の声は小さく弱いものだった。僕は煙草から立ち昇る紫煙の中に視線を感じさせない少女の顔を思い浮かべた。
「実際それはくだらないことなのかもしれない」と僕は言った。「だいたいそれは生殖行為であり、子孫を残すための本能的な行為なわけだからね。多くの場合がその目的論からすればずれたところで行われてる。でもね、僕は思うんだけど、ものにはいろんな形があって然るべきなんじゃないかな。つまり、生殖行為としてのセックス以外だって在り得るんだ。もちろんその全てが正当化させるべきものじゃないかもしれない。でもそれはひとつの正当なコミュニケーションのひとつでもあるんだ。だから彼らは寝る。馬鹿馬鹿しいことかも知れないけれど、そのようにしてしか語れない言葉だってあるんだよ。言葉なんて不完全な伝達手段でしかないからね」
 僕はそこまで言うと煙草がもうその存在価値を失いつつあることに気がついた。最後の一口を吸い、ゆっくりとその煙を窓の外に吐き出しながら、後方から泣き声のような細く弱い声が漏れていることに気が付いた。もちろんそれは少女のもの以外に考えられなかった。他にはこの空間に誰も存在しないのだから。
「どうしたの?」
 僕はそう言いながら煙草の火をもみ消し、振り返った。
 そこには相変わらず少女がいた。すすり泣くような声はやはり少女のものだった。しかしながらそれは泣き声ではなかった。少女の右手はハーフパンツの中に消え、そして少女は小さな声を漏らしていた。僕の眼は行き場に困り、少女の周辺をさまよった。
「見ないで」と少女は言った。「話、続けて」
「うん」と僕は言ってあわてて窓の外に視線を戻した。何の話をしていたのか、なかなか思い出せなかった。「そう、つまり、寝ることだって一つの必然性を持ってるんだ。でも中にはそんな必然性すら持たない、くだらないセックスだって存在する。寧ろそういったものが今は溢れかえった世界になってるのかもしれない。だから」
「だから?」
「だから、君はそれを嫌悪するのじゃないかな」
 どこまでが僕が本当に考えた言葉なのかはわからなかったけれど、僕は自分の持てる全ての言葉を吐き出した気がした。それは少女に対して放った言葉なのかもどうかわからなかった。ただ、それ以上僕に話すことはなかったのだ。そして僕は一息ついて話し始めた時となんら変わっていない窓の外の風景を凝視した。
 暫く外を眺めていると、不意に後ろから少女に肩をたたかれた。
「ごめんなさい」と少女は言った。「またシャワー浴びなきゃいけなくなっちゃった」
 相変わらず少女は視線を感じさせない眼で僕を見ていた。
「じゃあ僕もそろそろ帰るよ」と僕は言った。
「うん。ありがとう」
 そう一言残して少女は先に部屋から出て行ってしまった。
 一人取り残された僕はもう一度外の景色を眺めた。相も変わらぬ同じ風景が僕の眼に飛び込んできた。

(続)
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