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EXIT DESIGN (for a blog)::『ミシュレティア』 1-1 出鱈目の王国と隣の少女(1)

『ミシュレティア』 1-1 出鱈目の王国と隣の少女(1)

 目が覚めると夏の日差しが止むことなく部屋に差し込んでいた。少し眠りすぎたのかもしれない。頭が痛む。
 ここしばらくあまり家から出ないで生活していたせいもあって少し生活のリズムが狂っている。目覚める時間が遅ければ眠る時間も遅い。実に出鱈目な生活だ。あまり人にも会わないからどれだけ出鱈目な一日を過ごしたところでそれを比較する対象が見当たらない。僕は独りで出鱈目な繰り返しの中で生きる出鱈目の王国の王様にでもなったような気がした。
 出鱈目の王国では出鱈目な味のコーヒーを啜ることから一日が始まるらしい。少なくとも僕がこの生活のループに身を置いてからの毎日は常にそこから始まった。給湯ポットから湯を出してインスタントコーヒーを入れて飲む。コーヒーメーカーも挽き終わったコーヒー豆も全て揃っているにも関わらず、である。きっとその方が僕に合っているのだ。
 両親が旅行に出てからのこの一週間、僕は本当に自堕落な生活を送ってしまっているようだ。

 髭を剃ろうと思い洗面台の前に立つと、そこには酷い顔をした男が映っていた。
 まるで自分じゃない。
 それは時々僕が思うことではあった。鏡に映るものは光学的な反射でしかないのだから実際にそこにあるものをありのままに映したものにすぎない。にも関わらずそれが自分でないように思えることが時折ある。
 本当のことをいうならばそれはそれほどまでに酷い顔ではなかった。血色だって悪くはないし、肌だってまだまだ若い。生活のリズムが狂っているとはいえ、栄養はちゃんと採っていたし(僕は料理は得意なのだ)、誰に会うわけでもなくとも髭だってちゃんと毎日剃っていた。僕の王国は出鱈目の世界においてはまだ駆け出しでしかないのだ。
 そこに映っていた顔の酷さは言葉では言い表せない類の酷さだった。実際世界には言葉では言い表せないものがたくさんある。だからこそ言葉は詩や文学といったいろいろな形態を持ってその表現力を伸ばそうと試みているのだ。或いは、それは言葉による世界の征服のささやかな試みなのかもしれない。
 とにかく、鏡に映った僕の顔は酷かった。何かが歪んでいた。そうとしか言えない。
 一日の初めに見た顔が酷いのは悪い兆候だ。ましてやそれが自分の顔であった日にはなおのこと。そういう日は決まって何か予定が狂う。どこかでそう規定されているのだ。・・・・・・もっとも、今の僕には予定など何もないのだけれど。
 煙草を吸うためベランダに出ると、夏の日差しが煌々と照りつけていて、僕は軽い眩暈を感じた。鏡を恐れ、日差しに怯える僕は、まるでトランシルバニアに住んでいたとされる伝説上の伯爵のようだと自分を嘲るしかなかった。さもなければただの不健康児としか言えないのだから。・・・・・・事実そうなのだけれど。煙草を一本出したまま、火をつけるでもなく風に当たっていた。熱気はかなりのものだったけれど、それほど湿度が高い様子もなく、意外に心地が良かった。
 煙草の先を軽く火で炙り、包装紙が焦げるのを確認してから煙草を咥え、火をつける。これは僕のささやかな儀式だった。煙草というのは不思議なもので、人それぞれに、数多くの儀式が存在する。新しい箱を開けたときには一本だけ逆さにしてそれは最後に吸う。取り出した煙草はトントンと叩いて葉を詰める(それで本当に詰まるかどうか事実の程は定かではない)。そういった具合に。これらはほんの些細な儀式であって、忘れたとてさほど気にも留めない程度のものではある。それでも大事にされる儀式なのだ。一種の願掛けとして。或いはこうしたものの積み重ねでこそ人生は出来上がっているのかもしれない。
 煙草を三分の二ほど吸い終わったところで一人の少女がこちらの様子を伺っていたことに気が付いた。いつからそこにいたのかはわからない。或いは僕がベランダに出たときからずっとそこにいたのかもしれない。少女は隣の家の庭(おそらく彼女の家だろう)から僕のほうをじっと眺めていた。視線が合った。
「あ、気がついた」
 道を隔てて存在するその庭で少女はそう言った。正確には明確に声が届くほどの声量で発せられた言葉ではなかったので僕の推測を含んでそう聞こえたわけではあるけれど、その推測はまず間違いないと思う。それ以外に少女の口の動きと一致する言葉は考えられなかった(もっとも読唇術が使えるわけではないので或いは違うのかもしれない)。
 僕らは暫く黙って見つめ合っていた。視界の中で動くものは特にない。まるで時間が止まったように感じられた。気が付くと煙草の火がフィルターまで達していて、正に消えようとしていた。
「それ、美味しいの?」
 少女の声が沈黙を破った。今度ははっきりと聞こえる声だった。
「いや、別に美味しいというほどの物ではないけど」
「ふーん」
 僕は少女から目を離して煙草を灰皿代わりに使っていた缶の中に捨てた。目を戻すと一寸も違わぬ立ち姿のまま少女は僕を見つめていた。きっと僕が煙草を缶に捨てる間も全く動かなかったのだろう。
「何をしてるの?」と僕は訊いた。
「私?見てのままよ。あなたのことを見てるの」
「どうして?」
「さあ、わからない。でもきっと他に何もすることがないのでしょうね」
 きっと。まるで他人事だ。
「楽しい?」
「どうかな、それもわからない。でも退屈じゃないわ」
 退屈じゃない。確かにそうかも知れない。僕もよく暇つぶしに喫茶店の窓際の席に座って街を行き交う人を眺めることがある。決して楽しいことではない。けれど退屈ではない。
 またしばらく、沈黙の間が僕らの間の空気を支配した。それは決して苦痛な沈黙ではない。沈黙の間には二種類の存在があるのだと思う。一つは気まずい、例え短な時間であっても永遠であるかのように感じられてしまう間。もう一つはゆとりのように感じられる間。こちらの方はただ漠然と時が流れてしまう。同じ時間であるのにこれら二つの間における時間の流れ方はあまりにも違う。これは必ずしもどちらかの時間の方が優れた時間の流れ方だとは言い切れないものだ。例え息詰まったとしても、機能的な時間としての前者の方が有意義に時間を用いた場合だということも出来る。つまりその沈黙は機能と機能の間に生まれた隙間からもたらされたものであり、それまでの時間の流れとのギャップが産んだ気まずさであると言える場合だってあるのだ。ただ、少女が作り出している沈黙は明らかに後者の間であった。
「ねえ」と少女は言った。
「ん?」と僕は反応した。
「暇なの?」
「どうして?」
「質問してるのは私よ。質問に質問で返さないでほしいなぁ」
「そうだね」
 少女との会話のリズムは悠々としたものだった。沈黙に区切られたマクロな視点から見たそれもそうだが、一連の応答でなされる個々の会話もまたそうだった。そのリズムはどこか懐かしさを感じさせ、和やかな気持ちにさせてくれた。質問に質問で返した僕に対する抗議の声でさえ角のない柔らかなものだった。
「暇、といえば暇だね」と僕は言った。「やろうと思えばすることはあるけど、別に今する必要はないし。取り立てて予定というものはない」
「予定というものはない」
少女は僕の言葉を反復するように言う。これもまた明確に聞こえたわけではない。
「変なことを訊いてもいい?」
「何?」
「あなたって結構いろんなことを考えすぎる方じゃない?」
「どうして?」
「なんとなく」
 なんとなく。何が彼女にそう感じさせたのかはわからないけれど、とにかく彼女はそう感じたらしい。それはきっと正しい感性なのだと思う。僕は確かに物事を考えすぎる傾向にあると言えなくもない。正解。少女の問いに対する僕の出した答えはそうであった。
「どうだろうね。そうだと言えばそうだとも言えるかもしれないけど、それに対する絶対的な基準ってよくわからないし。まあ君がそう思うならそれはそれで一向に構わないけど」
 自分の出した答えとは裏腹に明確な答えは出さなかった。それは自然に口をついて出た言葉だった。
「しかも結構な理屈屋なのね」
「どうだろう」
 理屈屋。きっとそうなのだろう。
 僕のその一言を区切として、僕らはまた悠久の沈黙に入った。お互いにただ漠然と見つめ合うだけ。特別に何かを考えるわけではない。ただ漠然と。
 そうして時が流れる。
 僕らの間に流れる悠久の時を破ったのはまたしても少女の方からだった。全ての時間を支配し、管理する権限は彼女に委ねられているようだ。主導権を握っているのは彼女の方なのだ。それもそうだ。この緩やかで心地良いリズムは彼女がもたらしたものなのだから。ただ、今回は今までと少し違った。変化は言葉によってではなく、動作によってもたらされた。少女が僕に微笑みかけてきたのだ。
「どうかしたの?」と僕は訊いた。
「ううん、なんだか変なの」と少女は答えた。
「何が?」
「あなたよ」
「僕?」
「そうよ。だって、お兄さん、大学生か何かでしょ?きっと私より幾つも年上の。それが私みたいな年端も行かない女子高生にやれ考え過ぎだの理屈屋だの言われて顔色一つ変えないんだもの。私、結構人を不快にさせることを言っちゃってると思うんだけどなあ」
「不快にさせたいの?」
「そういうわけじゃないけど。私、思ったことってつい話したくなっちゃうのよね。それでよく人を不快にさせちゃうの。私の言うことって唐突でしかもグサッとくるところを突いてくるんだって」
 伝聞。またしても他人事のように自分のことを話す。或いはそれは彼女の癖なのかもしれない。
「ねえ、もし良かったらこっちに来て話さない?道を挟んでおしゃべりしてるのって変よ。お兄さん、暇なんでしょ?」
 確かにそうだ。僕は二つ返事でその言葉に従った。

(続)
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