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EXIT DESIGN (for a blog)::『ミシュレティア』 1-2 運ばれてくる物語(2)

『ミシュレティア』 1-2 運ばれてくる物語(2)

(承前)

 僕と彼女の間には、何のことないありふれたラブストーリーがあった。僕らは出会い、そして互いに惹かれていった。理解を深め、多くの時間を共にするようになった。それは幸せな時間だった。でもある日突然、彼女は忽然と僕の前から姿を消した。そこで物語は終わった。あまりにも唐突な終わりだった。それこそ目が覚めることで夢が突然途切れてしまうかのような感じだった。でも夢とは違い、僕は同じ世界の中に存在し続けた。そして彼女も同じ世界の中のどこかで存在し続けている。夢とは違う。明らかに違うとはいえ、唐突な幕切れという一点においては夢と同じであった。
 どうして彼女はそのように姿を消さなくてはいけなかったのだろう?僕は必死に真実を求めた。でも僕にはその理由を何一つ見出すことが出来なかった。
 彼女が僕の前から姿を消す前日の夜までその翌日の予定について楽しく話しあっていた。その声には何の翳りも見て取ることができなかったし、それは心から楽しみにしているといった響きすら持っていたのを明確に覚えている。僕は言葉の響きの真実性を聞き分けることにかけてはちょっとした権威なのだ。昔からそういうことを見分けることに関しては才能を持っていた(これは自分の判断だけではなく、周囲も認めるところだ)。
 もちろん幸せ呆けで何かを見落としたという可能性だってあった。だからこそ僕は必死にその痕跡を追った。けれど何も出て来やしなかった。彼女がどこかへ消えなくてはいけない理由は誰も持ち合わせていなかったし、どこにも見当たらなかった。もちろん、彼女の世界は僕を中心に廻っているわけではない。彼女には彼女の生活があって、そこには彼女に働きかける色々な事物が存在する。でもそれらを綜合して考えても彼女は幸せだったと思う。少なくとも僕にはそう見えたし、感じられた。
 でも結局のところ彼女が僕に見せていたのは限られたある一面に過ぎなかったのかもしれない。
 人が失踪するのは何も個人の意志によるものとは限らない。いろんな事故だって考えられるし、何らかの事件に巻き込まれた可能性だってある。けれどそれを裏付けるようなものは出てこなかった。その後の彼女の痕跡は、皆無に等しく失われた。たった一つの例外を除いて。
 彼女が姿を消してから一週間後、彼女の家に一通の手紙が届いた。
 手紙には一言だけ、彼女の筆跡で書かれていた。
 ごめんなさい。
 たったそれだけだった。
 それは消印も何もない封筒に入っていた。でも誰も彼女の姿は見なかったし、誰かが代わりにそれを届ける姿も見なかった。それを届けた人間は彼女の家に取り付けられていた監視カメラにも映ってはいなかった(因みに彼女の家はお金持ちで、誘拐事件と騒がれもした)。
その手紙がどのようにして届けられたのかは謎だったけれど、それは確実に届けられた。でも物語はそこでおしまい。その後の展開は一切なし。
 結局、物語は僕をどこにも辿りつかせなかった。少なくとも真実には。
 でもそれは今は昔の物語。僕がまだ高校生の頃の物語。
 今でも彼女のことを思うとどうしようもなく不安になる。心配もする。本当のことを言うと、あの日から彼女のことを思い出さない日はない。日によって彼女のことを思う時間はまちまちだ。ほんの一瞬、ふいに思い出すだけのことだってある。例えそれが一瞬であっても、それを欠かした日はない。それは僕にとって欠かすことのできない日課のようなものだった。僕が勝手に、自らの意思で背負った十字架。きっと僕はそれを失ってはいけないのだと思う。少なくとも今はまだ、そう思える。
 ただ、どれだけ心配したところで僕には何もできない。願わくば元気で、幸せでいて欲しいと思うし、力になれるものならなりたいと思うけれど、僕には祈ることしかできない。実際のところ、彼女がまだ生きているのかさえ僕にはわからないのだ。僕はあまりに無力で、孤島に独り取り残されたような気分になる。或いはさっきの電話を彼女だと決め付けてしまうのは、そういった気持ちが形を変えてそれが彼女であって欲しいという願望で顕れたものなのかもしれない。世界のどこかから、僕に救いを求めて必死に呼びかけているのだという可能性にすがりたいだけなのかもしれない。第一、彼女が僕の携帯の番号を知っているはずがないのだ。
それでも可能性は尽きない。
 ただ、どれだけ考えたところで可能性は無限で、答えは決して僕の元にもたらされることはない。僕は暗闇の中で独り、どこにも行き着くことのない思索を繰り返すだけだった。
 でも、それが僕の望むことであるにしろ違うにしろ、いつまでも考えてばかりはいられない。時は流れ、世界は廻る。もちろん僕を取り巻く世界も。
 そして世界は再び僕を呼び戻す。

 暗闇と沈黙、そして音を立てることなくフル回転で答えのない問いを繰り返す脳、この三つだけで構成されていた僕の世界にふいに異変が訪れた。鳴り響く電子音。それが電話の呼び出し音であることに気が付くまでに少し時間がかかった。
 電話だと気付いてからも出るまでに手間取る。手元に転がる携帯に眼を向けるが、それはまだ沈黙の世界に属している。携帯ではない。呼び出し音は絶えることなく響き続ける。僕は思い出したように家の電話の方向を見る。リビングの反対側で、淡い光を発しながら必死に、一定の間隔と音量で叫び続ける電話がそこに存在していた。
恐る恐る受話器を取り上げ、電話に出た。一瞬の間をおいて女性の声が響いた。
「あ。いたんだ。いるのならもっと早く出てよ」
「ご、ごめん」
 僕にはその相手が誰であるのかよくわからなかったけれど、その勢いに圧倒されて素直に謝るほかなかった。
「ところで電気もつけてないみたいだけど、何してるの?」とその女性は続けた。
「えっ?」と僕は少し間抜けな声で言った。
 僅かな沈黙が僕と女性の間に生まれる。その沈黙の支配する間、僕は必死に相手の気配を捉えようとした。すると、何故か安らかな気持ちになった。
「ねぇ」と女性は言った。「私が誰だかわかってないんでしょ。っていうか、もう出ないものだと思って切ろうとしたところに急に出るからこっちが名乗りそびれちゃったんだけど」
 僕は曖昧に相槌をうった。
「ねぇ、まだ誰だかわからない?」
「うーん、失礼な言い方かもしれないけど、なんだか聞き覚えある声な気はする」
「そりゃ、そうよ。すっごく最近会ってるもの」
 そう言われても僕にはよくわからなかった。第一、最近というのはどこまでの時期を指すものなのだろうか?
「まあいいわ。ところでね、もし今時間があるならちょっとうちに来れない?お願いがあるの」
「家?」
「うん、そう。あなたの家を出てほんの数十メートルもないところだから」
「えっ?」
 そこでようやく電話の相手が誰だかわかった。
「心配しなくてもこないだみたいなことはしないわよ」
 こないだみたいなこと。僕はそれを思い返して少し赤面したかもしれない。でもそれは誰にも確認できない。例え誰かが傍にいたとしても。
 僕はそっと周囲の暗闇を見渡した。そこには何も見えなかった。
 僕は電話の主に従って暗闇の世界を脱することにした。

(続)
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