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EXIT DESIGN (for a blog)::『ミシュレティア』 1-4 夏の終わり(2)

『ミシュレティア』 1-4 夏の終わり(2)

(承前)

 僕はこの手紙を少女の部屋で発見した。
 その日、いつものようにベランダで煙草を吸っていると、引越し業者の車が止まっているのが見えた。僕は煙草の火をもみ消し、あわてて家を出た。
 沢木さんの家には少女の姿はなかった。少女の母親が少しけだるそうに荷物を運ぶ業者をぼんやりと眺めていた。
「あら、先生」と彼女は言った。
「どうも」と僕は答えた。
「ナナならもう先に行っちゃったわ。聞いてる、でしょ?」
 僕は何のことかよくわからなかったけれど、曖昧に頷いた。きっと引越しのことを少女が僕に伝えていることになっていたのだと推測した。
「家具はほとんど置いたままにして借家にしようと思うの。売りに出してもいいのだけど、そうなるとなかなか買い手がつかないらしいのよ。家も古いし、でも土地はそれなりにあるでしょ?それにここらへんの地価も最近ちょっと上がってきてるから。少し安めにして貸したほうがよさそうなの。心配しないでね。先生のお隣さんになるわけだから変な人には貸さないから」
「これから、どうされるんですか?」
「あれ、あの子から聞いてない?」
「え、まあ…」
 僕はどう答えていいか迷った。それでも全く何も聞いていないとは言いたくなかった。それは少女を守る気持ちというよりも、何も聞かされていない自分の情けなさを隠したい気持ちだった。どうして少女は何も教えてくれなかったのだろう?僕に伝える必要なんて考えなかったのだろうか?そうは思わない。少女には少女なりの理由があって伝えることができなかったのだろう。僕はそう信じようと思った。そう思案していると少女の母親が口を開いた。
「あの子もしっかりしているようでまだ子どもだからね。いろいろ説明するにも足りないところもあるわよね。どこまで聞いてるか知らないけど、あの子は私の父の家に住むことになるわ。電車で三十分ぐらいのところだから時々遊んであげてもらえないかな?あの子、そんなに友達が多い方じゃないから。めずらしいのよ、先生みたいにあの子が誰かになつくなんて」
 僕はその言葉を嬉しく思った。
「私も一緒に行くことにはなるけど、仕事が忙しいからね。あまり家にいてあげられないのよね。先生には感謝してるわ。先生が来てくれるようになってからあの子、明るくなったの。だからこのままこっちにいてもいいかなって思ったんだけどね。さすがにお世話になりっぱなしっていうわけにもいかないし、それに、これまで絶対にここを出て行かないって言い張ってたあの子が自分から引越しを言い出したのよね。はじめ聞いたときはびっくりしたわ。先生と喧嘩でもしちゃったのかと思ったわ。でもあの子が言うには、先生が今まで見えなかったものを見えるようにしてくれたそうなの。すごくすっきりした顔でそう言ってたわ。あの子のあんな顔見たの、すごく久しぶりのような気がするわ。あの子の面倒見てくれて、ありがとうね」
 僕はその話を聞いて、正直困惑した。僕は何もしていない。そう言おうと思ったけれど、感謝の気持ちぐらい素直に受け止めておこうと思い直してやめた。きっとそのほうがお互いにとって気持ちがいい。
 僕は少女の母親の許可を得て、すでに荷物の運び出された少女の部屋へあがった。少女の部屋に限っては、物という物がなくなっていた。あの形而上的な存在ももうそこにはなかった。僕は自分の知っているものの痕跡を求めた。でもその部屋で変わらず残っているものは窓枠に切り取られた外の風景ぐらいしかなかった。
 外の風景を眺めようと窓によると、そこには封のされた手紙が挟まってあった。それは僕宛の手紙だった。きっと少女は僕がここに来ることを知っていたのだ。彼女はいつだって僕の主導権を握っている。
 僕はそのまま、彼女の部屋でその手紙を読んだ。封を切る時、躊躇った。過去が脳裏をよぎった。
 ごめんなさい。
 またその一言だったらどうしようかと思った。でも僕は少女がその言葉を発する姿を想像して、なんだか微笑ましい気持ちになった。なんだか照れくさそうにそう言う少女の姿しか思い浮かばなかった。それは僕に勇気をくれた。僕は穏やかな気持ちで封を切り、手紙を読んだ。

 僕は少女のことを何も知らなかったんだと思った。でも同時に、何も知らなくても彼女のことを他の誰よりも解ることができるように思えた。それは知識や時間の問題ではなく、彼女が僕に似通った存在だからだ。だから正確に言うなら、僕は少女のことを少女自身として解ることができるのではなく、自分の一部として解ることができるのだ。同じようにものごとを見つめ、感じとることができるのだ。
「でもね」と僕は心の中で少女に語りかけた。「僕が君に話したのは君のためというよりもきっと自分のためだったのだと思うんだ。だから、君がいてくれて僕も救われた。感謝するのは僕のほうだよ。また会える日を楽しみにしてる」
 もちろん心の中で僕が何を言おうとも、少女には伝わらない。どれだけ強く念じたところで、それは変わらない。それでも僕はその言葉が少女に伝わるよう、何度も何度も念じた。
 窓の外には、はじめてこの部屋に来た時と何一つ変わらない風景があった。それでも確実に、夏の終わりが近づいている。時は決して止まらない。
 この夏、僕はかけがえのない出会いを経験したのだと思った。
 きっとこれからも少女とはうまくやっていけるだろう。
 僕らは波長が合うのだ。

(第一部 完)
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