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EXIT DESIGN (for a blog)::『ミシュレティア』 1-2 運ばれてくる物語(1)

『ミシュレティア』 1-2 運ばれてくる物語(1)

 少女との不思議な出会いから二日がたった。相変わらず何も変わらない日々が続いていた。出鱈目の王国は健在だった。もっとも、その栄華も明日には果てることになるだろう。両親が帰ってくるのだ。
 でも、終焉が近いからといって取り立てて何かするわけでもなかった。出鱈目の王国では日々を全うすることだけが唯一の定めなのだ。それ以上のことをする必要はなかったし、するべきことも何もなかった。
結局僕はその日昼前に起きて(寝たのは夜明け前だった。特に何かをしてたというわけでもなく、気が付いたらその時間だった)、朝昼兼用の食事としてパストラミハムのサンドイッチを食べ(もちろん自分で作った)、居間で本を読みながらうとうとしていると、知らない世界へと連れ込まれた。要するに夢を見たのだ。

 夢の中で僕はどこかの山を目指して移動していた。どうやらそこで仲間と会うことになっているらしい。それがいったいどういう仲間なのかは僕にはわからなかったけれど、そこに行ってその人(或いは人達なのかもしれない)に会うことが至上の命題であるということだけは把握できた。それは別に強迫観念というほどのものでもなかったけれど、どうしてもそこに行ってその人に会わなければならないという予感がしたのだ。きっとその人は僕のことをこの上なく必要としてくれていたのだ。
 僕は見知らぬ街の中を地図片手にその山を目指した。道は細く、急な上り坂が続いたけれど、どこまで行っても舗装された道路と住宅街から抜け出す気配はなかった。微妙な曲がり道が続き、幾つも枝分かれしていた。方向感覚には自信があったし、ちゃんと地図で確認しながら進んでいたので間違いないだろうと思いはしたけれど、如何せん初めて足を踏み入れる街である。小さな孤児院のような施設を見かけたのでそこで道を尋ねてみることにした(因みに僕の持っていた地図にはそういった建物の詳細は載っていなかった)。
 孤児院には一人のシスターがいた。まだ若い。
 僕は彼女に声を掛けようとして自分がしゃべれなくなっていることに気が付いた。口をあけて喉を震わせようとするが、虚しく息だけが漏れた。それでも僕は特に慌てはしなかった。シスターを見た時から不思議に穏やかな気持ちになっていたのだ。それは言葉を発することができないという事態に陥っても変わらなかった。全てを自然の成り行きのように受け入れることができた。
 僕がどう声を掛ければいいのか思案していると、シスターの方で気付いて僕のそばへと近寄ってきてくれた。僕の手にしていた地図を見てなるほど、という微笑を浮かべた。
「道を迷われたのですね」と彼女は言った。
 僕は黙って頷いた。もちろん、声が出ない以上、黙るしか仕方がなかったわけではあるけれど。
「ここいらの道は特殊なのです。地図で見ればそれほど入り組んだものでもありませんが、実際に歩いてみるとそうではありません。道は細いし、不吉な曲がり方をしています。そして何よりも、見知らぬものを拒みます。特に山を目指すものにとってはより一層邪悪な存在ともなり得ます」
 僕の身なりは別に登山をするといった意思表示をしているとも思えないものであったし、それはどちらかといえば少し近所まで散歩に出かけるといったものであった。それでもシスターには全てお見通しということのようだった。彼女は最初から全て知っているのだ。僕は頷いた。
「山は危険なところです。目的もなく踏み入れるべきところではありません。でもきっと私が止めたところで行ってしまわれるのでしょうね」と彼女は言って一呼吸ついた。僕は何か言おうとしたけれど、相変わらず声が出なかった。
「いいえ、あなたは行かなくてはならないのです」と彼女は少し躊躇いがちに言った。「それはすでに決まっていることなのです。もちろん私はそのことはわかっています。私の役割はあなたをそこまで導くこと。とは言っても手取り足取り、というわけにはいきません。あなたが自分の足で辿りつかなければならないのです。私があなたに教えられることは、決して振り返ってはならないということです。それだけが山へ辿りつくための道です。ただ、山に辿り着いたからと言っても必ずあなたの望むものがあるとは限りません。そのことだけは理解してください」
 僕はシスターに送り出されて施設を出た。そして振り返ることなく、まっすぐ道を進んだ。相変わらず道は微妙な曲がり方をしていたし、分岐していた。そしてそれは彼女が言ったように不吉な曲がり方をしているように感じた。

 そこで夢は途切れた。物語は途中であったし、幾つか不可解な部分を残した。僕は続きを見たいと思って再び眠りの世界に戻ろうとした(もちろんそんなことをしたところで再びその続きが展開される保証はないし、どちらかといえば展開されないことの方が多いわけではあるけれど)。でも頭が冴えて眠れる気配は全くなかった。僕は諦めてコーヒーを入れた。例によってインスタントコーヒーを飲んだ。少し迷って砂糖を微量ながら加えた。
 コーヒーを飲みながらその夢について考えてみた。でも考えるほどにその輪郭は曖昧なものになっていった。さっきまで細部まで明確に思い出せたシスターの顔も、おぼろげにしか思い出せなくなってしまった。僕は夢について考えるの辞めた。残念ながら僕には夢診断に関する専門知識なんか持ち合わせていない。それはフロイトだとかユングだとか、心理学者たちの領域だ。だからそれが何を象徴しようとも、僕にはわからないし、関係ない。そんな説明はきっと後付でも間に合うに違いない。無理に難解な解釈を求めたって仕方がないのだ。第一、知ったところで余計に混乱してしまうだけかもしれない。
 夢について考えることを放棄した後、日が暮れるまで無為に過ごした。何をして過ごしたのか全くわからない。ただ、気が付いたら日が暮れていた。そういう時だってある。時間は待ってはくれない。
 何かをしたにしても、何もしていないにしても、時間の経過は僕に空腹感をもたらした。生理的反応。僕は冷蔵庫の中をチェックしてリゾットを作ることにした。
 ニンニクをスライスしてオリーブオイルで炒める。同時進行でお米と玉葱を別の鍋で炒め、丁度浸る程度に水を加える。ニンニクを炒めた方に玉葱を加え、ベーコンを入れる。トマト缶を開け、半分ほど流し込んで塩コショウで味を調節する。ソースの出来上がりだ。お米の方に随時水を加えていく。これが手間かかる。そして時間もかかる。でも僕には持て余すほどの暇だけは持っていたので何ら苦痛にはならなかった。きっちりアルデンテに仕上げるために鍋の前に立って、しっかりと監視を続けた。
 沸騰する水分が沸きあげる水泡を眺めていると、突然電話が鳴った。それは幸い携帯の方だった。別に出かけるわけでもなかったのだけれど、癖で身につけていたので調理場を離れずに出ることができた。
 発信者番号は非通知だった。誰だろうと思いつつ、もしもし、と語尾を少し上げて電話に応えた。返事は返って来なかった。
 煮立つリゾットを見つめながら僕は返事を待ち続けた。それでも相変わらず沈黙だけがその電話を通して流れてきた。僕も何も言わずに、必死にその電話から伝わる空気を読み取ろうとした。回線の状態が悪いのではない。僅かながら、電話の向こうから音が聞こえる。何かの音楽だ。でもそれが何なのかまではわからない。僕はもう一度言葉を発しようとしたけれど、息が詰まって何も言えなかった。
 どれだけそのままの状態が続いたのかわからない。でも暫くして電話は一方的に切られた。切れる直前に、相手の吐息が幽かに聞こえた。
電話が切れても僕は暫く電話を耳から話すことなく呆然と立ち尽くした。いつの間にか水分が蒸発するか米に吸収されるかしてなくなっていた。僕はそれに気が付いて火を止めた。まだ完成ではなかったけれど、リゾットはそのままにしてキッチンを出た。
そのままリビングのソファーに座り、電話について考えてみた。リビングの雨戸は開きっぱなしだったけれど、月明かりはそこから差し込んでいなかった。照明もその役割を果たしていなかった。もちろんそれは照明の方が自らその担うべき役割を放棄したわけではなく、僕がつけなかっただけだ。
 最後に響いた吐息が頭から離れなかった。その吐息には覚えがあった。もちろん吐息なんてどれも大差ないし、一つ一つの吐息を聞き分けられるほど僕の耳は発達してはいない。それでもその吐息には独特の響きがあるように思えた。そして僕はその響きをよく知っていた。
 正確に言うならば、僕はその吐息を聞く前から予感があったのかもしれない。その電話の相手に関して、僅かながら、心当たりがあった。だからこそその吐息を特定できたのだと思う(或いはそのような気がする)。
 僕が想定したのは一人の女性。
 今は昔の物語。

(続)
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